挑戦! TV界(6)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) マンガ本の片隅に、5コマ漫画で、コタツに入りながら、映画が見られる。
「これがテレビだ」と書いてありました。 目を疑い、もう一度読み直しましたが、何度読んでも、同じ答え。 家に居ながら映画が見られる? 本当にそのような事が出来るのだろうか? 映画館のない島、焼玉式エンジンのポンポン船で行き来する、別の島で上映される映画が、この家で見られるはずがない・・ 情報の全くなかった島で育った少年には、そんな望遠鏡が、有るはずがない! 魔法使いにでも、出来ないはずだ、と思えるのでした。 しかし、何度読み返しても、5コマ漫画は同じ答えしか出してくれません。 以後、テレビの3文字は、少年の脳裏に焼き付けられたのです。 どうしても、映画が見たい・・ この映画が、家に居ながら見られる・・ だったら、テレビを勉強してみたい・・ 何時の間にか、ひかるは、5コマ漫画の世界へ夢を膨らませ、魔法の箱解明に人生を賭けてみたい、と行動を起こすのでした。 |
挑戦! TV界(5)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) そんな中でも、子供達にとって、1番の楽しみは、夏休みや冬休みに、15キロ離れた石垣島へ渡り、映画を見る事でした。
しかし少年の家は、特に貧しく、石垣島へ渡る船賃や映画代など、とても考えられず、その日暮の状況。 子供同士で、映画のシーンや仕草の真似をしながら遊ぶ時が、一番悔しく、どうしても仲間に入っていけません。 一度で良いから、映画が観たい・・・ お願いだから、映画を見せて欲しい・・・ きっと来年は映画を見せてもらえる、と懸命に畑仕事を手伝い、待ちに待った夏休み。 しかし夏休みは、日1日と過ぎ、夢は空しく消えて行きます。 必ず、正月には見せる、と父が約束。 なお一層小さな体で、両親を手伝いましたが、それでも夢は叶えられませんでした。 約束を守って欲しい・・・と無理に言い出せません。 親が1番辛いのは、子供心にもう分かっています。 中学2年生の時でした・・・ |
挑戦! TV界(4)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 昭和18年8月、八重山地区の黒島に、ひかる誕生。
出産設備や病院のない島で、生まれた子供が次々と3人も他界した後、3歳違いの長女に続く男子、ひかる誕生で、両親の喜びはひとしお、八年後、母43歳で妹が誕生します。 妹は高齢出産の子、特別可愛がられ、幸せな五人家族でした。 小さな島には電気はなく、勿論、水道もありません。 情報と呼べるものは、特にありません。 飲み水は雨水を瓶に溜め、大事に飲みます。 ボウフラが湧き、瓶の首をコント叩き、潜った瞬間、すくって飲む、ボウフラとの協同生活。 ランプのホヤを拭くのは、大人の手が入らないので、子供の仕事と言われ、何の抵抗もなく、毎日拭かされ、何度かホヤを割り、叱られて育ちました。 サンゴ礁で出来た島では、岩だらけの合間に点在する、猫の額程の畑を耕し、家庭菜園に毛が生えたような自給自足の生活。 小学校高学年の頃には、島の貧しい生活に見切りを付け、石垣島や沖縄本島へと引っ越す家が多くなり複式学級制へと移行していきます。 |
少年 南の島から東京へ(3)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 現在、テレビは全国の家庭に入り込み、生活の一部となっている事は言うまでもありません。
信じがたい事ですが、この地区は、5万人もの人口を有するにも関わらず、平成5年末迄、NHK以外の民放テレビの電波が、届きませんでした。 現在でも民放は、二つのチャンネルしか映りません。 沖縄本島との間に中継局が作れす、テレビの最後の未開地である。 45年前、この地区の周囲12キロ、人口二百数十人という小さな島から、一少年がテレビにロマンを求め、風呂敷包とパスポートを携え、旅立ちました。 さて、どんな人生になるのでしょうか・・・ |
少年 南の島から東京へ(2)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 西表島は起伏に富んだ山だらけ、人口2000人の島で、周囲75キロの90%以上が、マングローブや亜熱帯の原生林に覆われ、東洋のアマゾンと呼ばれる、生まれたままの自然が残された、日本最後の秘境の島である。
またこの島には、天然記念物の西表ヤマネコが生息している。 この猫は、中国大陸と日本が、陸続きだった大昔、この島の山に取り残され、そのまま生息しているという。 ヒョウ、ピューマ、チーターなど、ネコ科の原種だという。 中国のパンダは、世界的にも有名だが、それよりも貴重な動物が、日本にも生息中という事である。 知床半島や釧路湿原など、日本でも、世界遺産に登録されているところはあるが、まず一番目に、この西表島が、世界遺産に登録されるべきではなかっただろうか。 国連環境問題等で、環境大臣が、世界に誇れる、ネコ科の原種が日本に生息している事をアピールすれば、絶賛されるのではないだろうか。 隣りの石垣島は、沖縄県最高峰の、於茂登岳、526メートルが有り、この地区の人口4万6000人の内、4万2000人、90%以上の人口が集中。 台風情報をいちばん先に捉える、日本南端の石垣島気象台で知られ、空港拡張では、サンゴ礁破壊問題を抱えています。 南の島々は空から見下ろすと、すべてサンゴ礁で縁どられ、そこへ打ち寄せるさざ波は、白くリング状に取り巻き、鮮やかなコバルトブルーから、濃いネイビーブルーへと変化する、まばゆい紺碧、膨大な絵の具を流し込んだのではないか、とさえ思われる風光明媚な大自然が豊富に残されています。 またこの地区は郷土芸能の宝庫とも言われ、マタハーリヌ、チンダラカヌシャマヨー、と歌われる、沖縄県を代表する、安里屋ユンタ等、数多くの民謡や踊りを生み、方言や風習など、貴重な財産として引き継がれ、サンゴの種類や規模の大きさ等でも、 世界屈指の群棲地として注目の的となっています。 |
少年 南の島から東京へ(1)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 沖縄県は、120もの島々で構成され、第二次世界大戦最後の上陸作戦、激戦地となり、戦後は昭和47年まで、
米国が統治し、復帰後の今なお、敗戦の傷跡を多く残しています。 本土は原爆で一瞬だったが、沖縄は上陸掃討作戦、戦車と火炎砲で横一列に焼き尽くしていく。 壕に住民が潜んでいたとしても、焼き尽くす。 軍人が混じっているので、やむを得ないと言えばやむを得ないだろう。 恐怖の中から捕虜として集められ、住民は生き延びて来たのである。 焦土と化した広大な土地に、米軍は極東を睨んだ巨大な基地を作った。 残された猫の額程の、親兄弟の血の染み込んだ土地を耕すしかなかった。 食糧難、沖縄の人達は、米軍に物乞いの如く、縋りついて生きるしかなかった。 そして戦後は米国統治のままである。 沖縄から見ると本土は自分たちの繁栄、復興に必死で、沖縄は見放された状態に映る。 親が自分の身を守る為、子共を切り捨てた、という怒りの感情が渦巻き、戦前から植え付けられた反米感情をはるかに上回る、今度は反日感情が積み重なっていったのである。 60年を過ぎた今、やっと沖縄も少しは注目されるようになって来たのである。 沖縄本島より450キロ南、県2番目に大きな西表島、3番目に大きな石垣島を中心とした、19の島々からなる、八重山地区は、日本最南端、波照間島、および最西端、与那国島を有する、日本の最南西地区。 また、今は無人島ですが、以前はカツオ漁が盛んに行われた魚釣り島もこの地区にあり、海底にはかなりの石油が埋蔵されているとの、調査結果があり、中国、台湾も帰属を主張し、国際的にも関心が寄せられています。 |
再送信
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 途中からお読みの方もあるかと思います。
再度、ナンバー1番より送信いたします。 |
オカマの失態!(265)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 東京にいるときは、スポーツクラブで泳ぎ、サウナへ入ることを日課にしている。
男がサウナに入るとき、特に前を隠すわけでもなく、租チンあらわに、足は逆八の字、堂々と座る。 いつも会う、アラブ系で、小錦といい勝負する、立派な体格の人だが、その人も、堂々と、租チンを見せ座っている。 先日、隣に、年齢30代半ばくらいの男で、中肉中背。顔は、今はやりのイケメンで、腰にタオルをしっかり巻いて、租チンが見えないように隠している。 足は、多少内股、八の字スタイルである。 タオルで、租チンをしっかり隠しているところは、几帳面な人だなと、その程度で、特に違和感も、何も感じなかった。 10分くらいたって、汗だくだく。その男も、ほんのりと、体中がピンク色に染まっていた。 その男が、先にサウナを出た。 何気なくうしろ姿を見て、あれれ・・・ 背中に、横にブラジャーの跡が、ほんのりついているのであった。 ありゃりゃ・・ なるほど・・なるほど・・ 一瞬浮かんだ。 オカマちゃん、租チン隠して、背隠さず。 |
慌てるな!(264)
2007 / 11 / 30 ( Fri ) 島の方言で、慌てるは、アバッティルという。
慌てる乞食は、もらいが少ない、という格言に、匹敵する格言もいくつかある。 アトウフドウマーフ、は慌てるな、残ったものに福がある、という格言だ。 島方言独特の格言は、アバッティル、ハンヤ、アナーナーヌン。 慌てるカニは、穴を探せない、という。 普通では考えられない、モチーフに、蟹を使うところなぞ島の発想らしい。 あわてる奴は、アバッツア、という。 ちなみに、慌てる奴、アバッツア、と呼ばれる魚がいる。 それは、魚の針千本である。他の魚に比べ、図体より極端に小さなヒレ。 敵が近づくと、めまぐるしく小さなヒレをばたつかせて慌てる。 いよいよ危なくなると、体を膨らませ、針を体中から突出し、おちょぼ口で、丸い目をキョロつかせている姿は、可愛いく、愛嬌がある。 まさしく慌てる奴、アバッツア、はぴったしの名前である。 |
パンティ パンティ(163)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) 島の古老と飲むと、パンティ、パンティと言う発音が連発される。
パンティの意味は、いっぱい、と言う事だ。 いっぱい、いっぱい、入れろと言う意味で使われる。 はいよ! パンティ、パンティ、いっぱい、いっぱい、と溢れんばかりに注ぐ。 ちなみに、溢れる、は「パントウリル」と言う・ 太る、はパンタルで、太っちょ、はパンタラーになる。 天ぷら、は、ころもを付け、膨らませるからだろう、パンビン、と言う。 なにしろ、丸々の感じ、太っちょ、はパンティかパンタルに近い発音になる。 訳が分からないが、太古のことは、延ばして、パーンティになる。 中国のパンダ、多分太っちょの意味から名前がきているはずだ。 パンタル(太る)のイントネーションとゴロ合がピッタリ、どう考えても偶然とは思えない。 今日も、パンティ パンティ入れろ!、が連呼される。 ??? パンティ は脱がせるもの? 決して島の年寄り達は色気違いではないぞ! 島の古老に、パンティちょうだい、と言うと喜ぶぞ。 もしかして、国技館の満員御礼、パンティ御礼にしたら受けるかも。 飲み屋で満員になったら、パンティ御礼の看板を数箇所に張ると大受け、連日パンティ御礼になること、間違いなし。 今でも使われている方言だから問題なし。 本土の「おなかがパンパン」は、このパンティパンティから来ているはずだ。 このサイトはハイレベル、言語学者が見るとびっくりするぞ。 東大でも教えてもらえないぞ! パイ パーイ・・ |
ピル(262)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) 若い青年二人,A君、B君と酒を飲んでいると、C君の話題、文句話で盛り上がっていた。
そこへC君が、「よー!」と、入ってきた。 話題は必然的に他の話題となり、アルコールが入り、そのうちA君が、先ほどのC君に対する文句話となってきた。 酔った勢いもあり、「お前は第一、自分勝手で、どうのこうの・・」と説教に入ったのである。 C君は、切れるタイプなので、B君はなんとか、その話題を止めようと、いろいろ気を使っている。 そのうち、A君が、B君に対し、「先ほどから黙っていたが、なんで俺を、むんぴるんだ!」と、荒れ出したのである。 むんぴる、とは、方言で、つねる、ことだ。 ひかるはすかさず、「よくぞこのような古い方言を知っていたもんだ」と、話題を方言に切り替え、場を治めたのである。 この島では、ぴる、という言葉が、いたるところに出てくる。 珍しい、は、ぴるまさ、になる。 昼は、当然、ぴる、である。 女の子よ、この島は、ぴるだらけだが、売っていないぞ。 島自体がハートの形をしており、温暖な気候、繁殖牛がたくさん飼われ、受胎率は日本ナンバーワン。 すぐ子供が出来ちゃうぞ。 この島へ来る時は、ぴるを忘れずに・・・ ところで、男がぴるを飲んだら、どうなるのかなぁ・・・ ビール同様、酔うのかな、一度飲んでみようっと。 |
一万円(261)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) 島の古老の話によると、昔は、名字が無かったそうだ。
そのせいか、この島の古老たちは、あだ名をよく使っている。また、あだ名のつけ方が、ユニークで、特徴をよくとらえている。 普通は、大工屋あるいは畳屋、鍛冶屋など、職業による名前を使っているが、結構あだ名を使う場合が多い。 ある、体の大きな巨漢の人がいたそうだ。その人のあだ名は、軍艦とつけたそうだ。まともに名前を言ってもわからないが、軍艦といえば、すぐ島中で通じる。そして、その家は、今でも軍艦屋と、呼ばれているそうだ。 ひかるが、隣村を散策していると、おばあちゃんが、杖を持って、石に腰掛け、休んでいた。会釈をして、通り過ぎようとしたら、まじまじと見て、手招きする。 「初めて見る顔だが、あんたは、1万円か?」と言う。 何の事だ?? 訳が分からない。 ボケているのか?? 名字を言うと、「やっぱり、あんたは1万円だ」という。 そして、1万円の子供だと言う。 なんで1万円の子供なのか? 訳を聞くと、ひかるの父が生前、魚獲りの名人だった。注文を聞き、注文通りの魚種を獲ってき、売り歩いていた。 漁で稼ぐので、1日いくら稼ぐのだ、と聞いたそうだ。 父は、「1万円に決めている。それ以上獲らない」と言ったそうだ。 その話一つで、翌日からは、1万円というあだ名が島中、伝わったそうだ。 だから、父に似ている、ひかるを1万円、いや、1万円の子供だという。 それにしても、一万円の子供なら、五千円か? まさか、千円という訳ではないだろう。 よく考えると、ひかるは聖徳太子と肩を並べる、大大人物だぞ!!! しかし大蔵省、なんとか1万円以上の札を発行してくれ。 ひかるは、一生、1万円を越えられないではないか。 出来れば、ひかるをモデルに・・・ |
鼻の穴(260)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) 民宿の庭で観光客と飲んでいると、二十歳前後の女の子がペアでいた。
島の方言で、親しい間柄、信頼している中、親友中の親友は、パナヌミ(鼻の穴)と表現する。 訳は、人間の体の中で、目や耳、乳、手や足など、対になっている部分があるが、鼻の穴がいちばん近い。 連がっているので、極々親しい間柄の事を、パナヌミ、鼻の穴、と呼ぶ。 ちなみに、男女の場合でもこの言葉は使われる。 彼と彼女は、もう出来ている。という場合に、あの二人は、パナヌミだよという。 早い話が、信頼している、親しい関係は、ハナミの関係である。 女の子が、キャーキャーいいながら喜んだ。 おじさん、この言葉使っていい? 大阪でハナミ、ハナミ、ブレイクさせるよ! おじさんと私は、ハナミ、ハナミ! ハナミの元祖は、南の島のおじちゃんだよと、両隣へ割り込んでくる。 おい! おい! おじさんと出来て、子供が出来たら、ひ孫だぞ! だけど、いいか・・ ハナ ハナ ハナミ〜 今日も、明日もハナミーで行こう。 あなたにはハナミ、いるかな? |
大発見(259)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) 昨年に続き、大型台風が10月6日に島を襲った。4日前の10月3日、島は台風の予兆も無く晴れて雨も無い。いつも通り庭でくつろいでいると、あれれ?いっぱいいるはずのアリ達が、完璧にいなくなり、巣に避難してしまっているのだ。とんでもない予知能力だ。確かに普通の雨と台風では量と時間が桁違いだ。台風の雨が降り出すと、庭が水びたしになり、ひかない。早めに巣に戻らないと、戻れなくなるのだ。台風はまだフィリッピン沖にあり、何で島へ来る事、超大型である事を予知出来るのか?これは、とんでもない大発見だ。間違いなくアリは予知している。気象庁、国土交通省はじめ、国挙げての研究が必要ではないか。もしこのアリ達が、地震を予知出来たら?これはとんでもない事だ。国を挙げてP波警報体制が採られている。それに3日前に警報発令の予報が出来れば、被害は格段に軽減されるはずだ。2千キロ先の台風を予測できるのだから、地震は数十キロから数百キロ圏内、かなり精度の高い情報が得られるのではないだろうか。ひかるは老後、ブログで遊ぼう、と
思ったが、もう一つアリの研究と言うテーマが加わった。人生、楽させてもらえないようだ。今日もハエ叩きで99%叩き落せるようになった。アリ達の食料を確保、アリ達との会話を本気で考える。ワシは宮本武蔵だ!ちなみに、ナマズが地震を予測すると言われているが、事実であろう。しかし、自然界で先祖代々生息している環境の中での事だ。地震の前の微かな地響きか、水圧の変化で、棲家への影響を読むのだろう。人間の作った環境や水槽での予測は絶対無理だ。気象庁、国土交通省、本気でアリを研究しろ! |
女の夜這い(258)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) それにしても、ノーパン女の夜這い、来て欲しい・・
特に村はずれの一軒家で、チョンガー男がコチョコチョ台所に立ち、洗濯にトイレや風呂掃除、膝を抱いて寝ていると、つくずく思うもの。 しからば、念じに念じ、念じ続ければ、お夜這いさんが来てくれるのではと・・・ 戸の隙間をつくり、真っ暗闇にし、待ち続けると気配がしたので、うす目でみると、野良猫のお夜這いさん、翌日枕元に小石を用意し、思い切り命中、以後ピタリと来なくなったが、お夜這いさんを待ち続けて、一ヶ月半、本物のお夜這いさんが来たのだ! 台風通過後、どんよりと曇った闇夜の3時、うす目で見ると、昼間すれ違い時、笑顔で話しかけて来た、歳は30前後で二年前より島に住み着いている、艶やかな一人身の女である。 逃げられるとまずいので、いびきをかく。 部屋の隅で闇に目を慣らせた後、いよいよ動き出した。 夏掛けの裾から潜り込み、しなやかなる指先のうごき、当然パンツいっちょうはなんなく剥ぎ取られ、息子は直立不動の万全なる体勢。 なま暖かい風は下半身から全身を覆う。 大波、小波、漕ぐ舟は極楽の境地に達し、あまりの腰の激しい使いに、全身の筋肉が収縮し炸裂、思いっきり突き上げる。 夏掛けがポロリ、と落ちた瞬間。 ギャー ギ、ギャーーー 歯っ欠け婆バーだ!!! 閃光が全身を走り、生まれて初めて、夢で失神してしもーた。 南無・ 南無・・ 南無・・・・ |
女の夜這い(257)
2007 / 11 / 29 ( Thu ) ちなみに、この地区の島に、夜這いは、女がする事になっている島があるそうだ。
夜這いの作法は、ノーパンが原則だとのこと。そんな島で生まれ育っていればよかった、と誰も思うだろう。 あるボス的存在の女で、顔やプロポーションも、十人並み。 その女は、島1番の人気者の男を自分が、夜這をかける、と周りに、暗に振れ回っていたそうだ。番長的存在だから、当然と考えていたのだろう。 ところが、ある女が、その番長には負けじ、とこっそり夜這いをかけてしまったのだ。 童貞、略奪だ! さあ、その事がばれて大変だ。 番長は、手下も動員し、事あるごとにその女をいびり、虐めぬいたのである。 とうとうその女は、島にいられなく、こっそり出ていったそうだ。 以後、親兄弟にも連絡が取れず、行方不明だったという。 しかし、その番長は、いじめの代名詞として、島中知れ渡り、最後まで、結婚できなかったそうだ。 虐めをすると、結婚できない、と言う教訓として、今でも語り継がれているとの事。 お〜い! スケバンごっこで、番町やってる女いないか。 あなたの噂は男達に知れわたり、一生結婚なぞできなくなるぞ。 虐めは、よせよ。 虐めは、結婚の敵! |
夜這い(256)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 「極楽とんぼ」
今日の金曜日も無言電話があり、明子は、華やかな気持ちで、踊り狂っていた。 明子の踊りには、願いが込められた、念仏踊である。 確かに、浩二のことは、大好きであった。 恋しい浩二、いとしい浩二は、いつの間にか、徐々に遠いものとなりつつある。 浩二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ浩二の姿。 もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。 世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた浩二は、今では、大事な、大事な恩人である。 遠のく恋心、不安でもある。 しかし、親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる、生きているなら、もう一度会いたい気持ち同様、浩二には、今の姿を一度見てほしい。 今更交わる心は微塵もない。 たった一度、もう一度、自分の姿を見てほしい。この極楽とんぼで、1晩で良いから、泊まって欲しいのである。 蘇えった明子は、とても60に手の届く女性とは思えない。 若々しく、はるか彼方を見つめ、遠ざかる浩二の姿を追い求める踊り、時には激しく、しなやかな腰の動き、見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。 お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。 一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。 今日も明子は、心のなかで念仏をあげ踊る。 民宿とんぼ 極楽とんぼです。 是非、泊まりに来てください。 きっと、きっとよ! 民宿とんぼ 極楽とんぼです。 是非、泊まりに着てください。 きっと、きっとよ・・・ ・・・・・完 |
無言電話(255)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 郵便物の中味は、長靴とカッパ、明子名義の通帳と印鑑、なんと2千万円ものカネが入っていた。
当時のお金では、腰を抜かす程の大金である。 間違いなく、浩二が送ってきたものだと考えられるが、どうしたものか、考えあぐねた。 思案に思案をした結果、この金を大事に使い、いつの日か浩二に恩返しをしたい、と考えた。 結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。 当時、旅人がちらほら島にいたが、聞くところ、島の民家にお世話になり、民泊しているとの事。 そこで明子は、大勢の人と会話ができ、大勢の人のために、民宿をはじめようと決断した。 一度決断をすると、そのあとは、もう電光石火。 役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく、指示通りやります。 生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせあり。 民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願い。 お金はいりません、是非、手伝わせて下さいと、朝から晩まで、お風呂やトイレの掃除。料理、接客方法などをつぎからつぎと、マスターしていったのだ。 島の民家は、台風があるため平家だが、ものの見事、コンクリート建ての二階家の民宿が、1年を待たずに、あっと言う間に完成。 時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。 タレントや有名人も宿泊、話題となって目の回る忙しさ。 そして、テレビの取材打診が舞い込んだ。 明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。 もしかして、浩二が見てくれるのではないだろうかと、考えたのである。 放送後、明子は浩二からの電話を待ち続けたが、やはり一度もかかってこなかった。 しかし、よく考えると、無言電話がかかってくるようになった。 明子はそこで、はっと気がついた。 無言電話は、毎週金曜日夜の8時頃、決まった時間にかかってくる。 その電話は、浩二が名乗れずに、明子の声を聞くため、かけているのだと思った。 それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座するのであった。 そして客は、何故か理解できないが、この民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲み放題。 明子が、さも楽しそうに踊りまくるのであった。 ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。 毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。 浩二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業の鉄骨屋の社長となっていた。 二十歳で島を出たときは、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者として旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪までたどり着いたのである。 大阪で溶接工になった。 暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。忘れるように、人の2倍3倍働きに働き続けた。 溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。 社員へ訓示することは、「夜駆け、不意打ちはだめだ、物事は正面からとらへ、筋を通して、正々堂々と行うべし、 迷ったとき、辛い時は、お互い知恵を出し合い、助け合っていこう」という経営理念を貫いているのだ。 社内外からも、太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであった。 自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けば、いくらでも手に入る。 明子を見た時、自分が起こした事件、その影響は、明子の人生にはやはり、すくなからず災となったことは間違いないだろう。、 出来るだけのことをやり、詫びようと思ったのである。 詫びて済むような事ではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々である。 |
チャンプル(254)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 普通の人は、集落を結ぶ大きな通りを歩くのだが、浩二は防風林ぞいの小さな道を、なつかしそうに回りを見ながら歩いていった。
自分の生まれ育った集落にさしかかったが、集落へ入ろうとはせず、そのまま通り過ごした。 4、5百メートルくらい行くと、そこは明子と出会った小さな森だ。 昔とほとんど変わっていない、自分が草刈をしていたところと、明子が薪拾いをしていた所は、30メートルくらいしか離れていなかったのだ。 ふくよかな明子の姿が脳裏をよぎる・・ なぜあの時、明子に声をかけられなかったのだろうか。今更ながら情けない。 しばらくして、浩二は、さらに先へと進んだ。 そこには、明子の家があるのだ。 明子はいつものように、庭の野菜の手入れをしていた。 トマトの新芽の間引きをした後、菜っ葉を植えようとクワで耕していると、人の気配がしたので、何気なく振り向くと、そこには石垣から、首だけをチョコンと出したサングラスの男がいた。 明子は見た瞬間、それが浩二だとわかった。 まさか・・一瞬目を疑ったが、まぎれもない。 長い間、待ち続けた浩二。 まさか まさか・・・と胸は張り裂けんばかり、取り乱し、逃げたくなった。 浩二は門口までくると、明子を見据えたまま「入ってもよろしいでしょうか」 という合図の会釈をした。 あまりの突然の出来事に、明子は混乱していたが、大人がやっと二人腰かけられる、小さな縁台へ促した。 明子がどう対応していいのか、もじもじ戸惑っている。 さすが女人で、こんなみすぼらしい姿だけは見せたくなかった。 化粧っけひとつなし、ボロボロのおちぶれた姿だ。 恥ずかしい・・ 恥ずかしい・・ 今すぐにでも逃げ出したい・・ しかし、逢いたい、嬉しい、恥ずかしい、この三つが脳裏でチャンプル、チャンプル。 その内、かすかに笑みが漏れたところは、やはり逢いたかった、嬉しい気持ちの方が恥ずかしい気持ちを、寄り切ったようだ。 実は、明子は浩二のことが好きだった。 夜這いがあったあの日、浩二を受け入れ、ささやかな世帯を持ちたいと思っていた。 浩二が後手に、柱に縛られ泣いている時、なんで父親に自分の気持ちを打ち明けられなかったのだろうか。 何度も、何度も後悔をしてきた。 昨夜もトタンに囲まれた風呂場、ドラム缶の風呂に夜空を眺め、浩二に思いを廻らしていたのである。 そんな浩二が、突然目の前に現れ、動揺するのは当然だ。 浩二はまた、アバラ屋を見た時、もう両親はなく、一人身だろう。 先ほど来、自分を毛嫌いすることなく、受け入れてくれている。 もしかして独身で、ずっと自分を待ち続け、今日まできたのではないか。 そう思うと、土下座をし、地べたへガツンガツンガツンと頭がわれるほど叩きつけ、謝りたい気持ちで、明子以上に動顛していた。 沈黙が続いた後、無意識のうちに、初めての言葉が出た。 「結婚はしなかったのか?」 明子は、もう開き直っている。 今までの身の上話をポツリポツリ、とかいつまんで話した。 浩二は聞きおわると、大きなため息をもらした。 明子もまた、浩二にだけは一度話したかった、聞いて欲しい事をしゃべったので、肩の荷が下り、ため息をついた。 そして何気なく 「ご結婚は?」とオーム返しに聞いた。 「初めての孫が生まれたばかりだ」 明子は動揺もせず、勿論、それは当然の姿である。 明子の家は村の東はずれにあり、この家に用事のある人以外は通らない。 誰にも気付かれなかった。 浩二は、夜這いの話が再燃し、明子の身にこれ以上災が起きては、とそそくさと帰り支度をした。 明子のすがる気持ちを振り切り、来た道をとぼとぼ帰る浩二の背中は泣いていた。 浩二は、やはり自分の家にはよらず、そのまま港から40年前と同じ、誰にも気づかれず島を出た。 後日、明子のもとへ小包が届いた。 差出人住所には全く覚えはなく、浩二からの郵便物は間違いなし。 この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。 次回に続く・・・ |
明子の結婚(253)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) あれほど明るかった明子は、あれ以来ふさぎ込んでしまった。
中学生の頃は、テニスに打ち込み、地区代表として、県大会まで出るほどの腕前。 みんなの人気者だった。それがまた親父の誇りだった。 結婚をさせ、子供でもできれば、元の明るい子に戻るだろうと親父は、石垣島の知人に、相手を紹介してほしいと依頼した。 10歳も年上の健一という男と見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。 健一の仕事は、船の荷役という、日雇い労働者だ。 当時は重機がなく、男どもが、蟻のごとく、船へ荷物を乗せ降ろしをしていたのである。 明子との間には、子供ができなかった。 それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が、午前中のため、朝早く仕事に出かけ、正午ころには自宅へ帰るが、酒びたりとなった。 この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。 酒に酔うと、口の暴力、物を投げ、手まで出す始末。 健一の妹が、やはり子供もできず、出戻って来、姑のいびり。 挙げ句の果ては、健一が、外に良美という女に、子供まで生ませてしまった。 良美は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、何のおく面も無く、しゃーしゃと子供連れで出入りするようになってきた。 明子は、女中以下の扱いだ。 健一は、酒を飲みすぎたのか、肝臓を患い、60歳で他界してしまった。 両親は、他所の女に生ませた孫を可愛がり、その女は、堂々と出入りする。 姑にはいびられる。 収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、乞食同然の生活となった。 リアカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、土嚢袋で空き瓶を拾い回っている姿を島の人に見られてしまった。 島の親父は、強引に乗り込んで、明子を島へ連れ戻した。明子55歳のときである。 不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、1年目で他界、父は後を追うようにまた1年後に、他界してしまった。 古い家もまた、台風で吹き飛んでしまったのである。本当の家なし乞食となってしまったのである。 立て直す金などあるはずがない。近所の人が、廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活できる、掘ったて小屋を立ててくれた。 電気代を払う金もなく、ランプ生活。プロパンガスとて無理、土間で薪拾いをし、煮炊きする生活だ。 あまりにもみじめな乞食同然の身となってしまった。 そんなあるとき、島に一人の男が、立ち寄った。 手ぶらながら、ネクタイに背広姿、島人の姿とは違うので、明らかに他所者、旅人である。 他の客が船から降り終わった後、一人降りてきたが、人が群がっている所は避け、懐かしそうに探索している。 帽子をかぶり、サングラス、口ひげをはやしているが、そうだ、その男こそが40年前、夜這い事件を起こした、浩二なのだ。 次回に続く・・・ |
夜這い決行(252)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 浩二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりついて、悶々と寝られなかった。
夜中の三時、特に意識したわけではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。 周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。 先輩の、早くしないと他のやつに夜這いをされる。その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。 とうとう夜這いに移ったのである。 先輩が伝授していた通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。 そして、物音一つしないように、明子の寝ている裏座の戸ををやっと入れるくらいの隙間で開ける。 島の家の造りは、一番座、2番座があり、必ずと言っていいほどその裏に、裏座がある。そしてその裏座は又、必ずと言っていいくらい外へ出入りできる構造になっている。 初めての夜這いで、浩二の胸は高鳴り、破裂しそうである。 しばらく目を暗闇に慣らすため、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。 その姿を見た瞬間、浩二のの頭は真っ赤っか。すべての思考力はすっ飛んでいた。 浩二は夕方出会い、今夜自分が夜這いに来ることを予測し、待っていてくれたのではないか、と思われるポーズ、ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。 その時、襖が5センチほどそっと開いたのであるが、浩二はまったく気がつくはずがない。 ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。 「こらあー!! 」と親父のとても考えられない大きな声が、部屋中に響き渡ったのだ。 浩二はそれこそ、失神しかねない驚き様だが、とにかく逃げた。 とにかく隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が、泥棒、泥棒、と言って、通せんぼ。 身をひる返し、西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、はさみうちになってしまった。 しからば、石垣をよじ登って逃げようと思い、石垣に飛びついたが、酔いがまわっていたのか、親父にズボンの裾を捕まれてしまった。 石垣にへばりついたまま、母親はコン棒振りかざし、恐ろしい形相で、事あらば、と一撃態勢、身動き出来ない状態。 後手にねじあげられ、家の中に引きずりこまれた。 そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。 普通なら、説教をし、誤れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。 夜が明けると、村中の人に、「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と、触れ回ったのだ。 隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでが、ドジしやがったな、とニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、というさらし者だ。 夕方、解き放たれたが、浩二は外にも出ず、こもりっきりだ。 自殺しかねない、親が見るに見かね、次男の浩二は、島からこっそり逃げるように、もちろん行き先もなく、着の身着のまま、見送る人も無い。 以後、浩二の行方は、親兄弟、誰一人とて、知る人はない。 次回に続く・・・ |
夜這い(251)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 日本の南端、この黒島では、その昔、夜這いは、日常の出来事で、公然と行われていた。
もちろん、夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。 浩二は二十歳。隣村の18歳、明子に、ほのかな想いを寄せていた。 夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、浩二は隣村との間にある森へ、牛の草を刈リに出かけた。 その森へ明子もまた、薪ひろいに来ていた。二人は森の中で、出会わしたのである。 明子の素振りも決して浩二が嫌いと言うわけではなく、好意を持っているかに見えた。 明子は美空ひばりの歌をくちずさみ、さも楽しそうに、嬉しそうに薪ひろいをしていた。 声をかければよかったのだが、浩二は寡黙で、気が小さいときている。 そのまま別れてしまったのである。 夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で青年たちは、さんさんごご集まって酒を酌み交わす。 浩二も先輩たちといっしょに飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。 「おい! 中里村の明子はよ、今1番いい、熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」 他の先輩が、「中里村の秀雄がよ、あの子に気がある、近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」 「お前ら、甲斐性なしだな、この前里村から、先に夜這いかける奴、いないのか」 「久雄! お前度胸ないのか?」 久雄はやってもいいかな。と打診もし乗り日になっている。 先輩が久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。 浩二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろうと期待しながらも、もしかして、と不安が次々に膨れ上がっていく。 先輩は、俺が夜這いをかけたとき、布団からそっと足元に忍びよったが、相手は男だった。 その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。 そこで、運動会の夜、弟が、ぐっすり寝ているときに、夜這いをかけたら、大成功。 あの娘はよかった、おいしかったぞ、といろいろと自慢話をし、煽り立てている。 夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっきりだった。 |
古井戸(250)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生きかえらせることにした。
雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせ、真ん中に穴を開け、鉄パイプで、空気が通るようにし、子供たちにも危険が、及ばないようにしたのである。 コンクリ−二階建て、島1番の立派な民宿が出来上がり、営業を開始すると、古老の言われた通り、見事に繁盛したのである。 開業してから2年、今ではお客を断るのが、大変だという。 中には、日程をずらせても宿泊できない、どういうことだと、詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと、嘆いている。 観光客の中には、その古井戸を見、それは何ですかと、尋ねる人もいるという。 これこれしかじか、と話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊出来たんだと、手を合わせるお客さんもいるという。 M君は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り、大変な幸運に恵まれたと、感謝をしているとのことだ。 古井戸や、お客呼び込む、福の神 |
古井戸(249)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) M君は、20年前、二十歳の時に、この島に遊びに来た。
ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。 島の人が民宿をやると、どうしても昔からの島料理であったり、結構虫がいるが、それも全然気にしない。 よってなかなか繁盛しないのである。 M君はかれこれ15年間、コツコツとリピーター客を捕まえ、そして嫁さんも確保、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行した。 土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。 誰かが、埋めた跡が残っていた。 村の古老に話を聞くと、確かにここには依然、家があって、間違い無くそれは、古い井戸であるとのことだった。 その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から、井戸を埋めると、子孫末代まで、いいことがないと、言われている。 その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生きかえらせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。 |
珍人生(248)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) この島に、30年前に本土から移住してきた人がいる。 コンクリで立派な家を建て、そのかわし、冬場しか島にはいない、夏場は本土へ帰るのである。 その家が空き家にならないよう、管理の名目で、夏場だけY氏が利用している。 当然30年来、島へ来ているから、年齢的にもも50半ばである。 そのY氏の生き方が変わっている。冬場はどうするかというと、本土のスキー場でインストラクターをしているという。 冬場にインストラクターで稼いだカネで、夏場は、他人の家を自由に使って、気ままに、生きているのである。 背丈も高く、顔自体も、結構モテるタイプだ。 そして島の民宿とも顔見知りになり、夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内したりして、自由に生活している。 自分の家も持たず、結婚もせず、しかも常に若い女達が回りにはべり、不自由しない、ちゃんと人生が成り立っているのである。 スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずだのに、うまくかわす術もあるようだ。 お金が無くても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を30年も続けられる、まか不思議である。 団塊世代の人達は、働かざる者、食うべからず、としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。 そういう人達から見ると、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる、珍人生物語であった。 |
島の格(247)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 南の島には、個性豊かな老人たちが多い。
自他共に認める、島で1番のスケベーじいさんがいる。 水着姿の観光客、女の子たちが集まる休憩所へいつもちょこちょこ出かけるじいさんで、若いピチピチした女の子を見ると、すり寄っていく。 あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。 観光客も、明らかに島のじいさんだと言う事が分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ、開放的に色々な話をして過ごす。 じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもち妬かれないのか、と聞くと、 「あはー ばあさんは、とっくに死んだよ」 おい おい 生きている人を殺すなよ! このじーさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きて行けないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。 ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。 そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は、格が上がったぞ、という。 よくよく話を聞くと、以前は、観光客に年寄りが多かった。しかし、最近では、若くて、しかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。 だから、この島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。 確かに、ここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が、格段に上がったことは事実である。 この地区は今、離島観光ブームで、かつてない程、沸き上がっている。 石垣市を中心として、黒島には、毎日15便ほどの往復便がある。 この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。 黒島の3倍以上、毎日50便が、石垣島から観光客を運んでいる。 隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKのちゅらさんドラマの舞台となって、その島も、毎日知33便くらいの往復便があり、観光客で沸きかえっている。 また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島より、40便前後の船が往復している。 また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が15便しかないということは、いかにこの島が観光地化してないかということが分かる。 また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。 黒島は民宿の数も少なく、大勢の団体がきた場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。 石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。 若い人たちは、どうしても中高年、団体客、ぺちゃくちゃ食べ、スピッツのごとく、ぺちゃくちゃしゃべりまくるあの集団には、辟易するようだ。 よって若い観光客が、締め出される形で、今度は黒島へ押し寄せる。 だからスケベーじーさんの言う通り、海岸へ行くと、若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。 この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。 海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。 シーズンになると、水着での村内歩行はやめましょう、との立て看板も熱いので守れない。 また、格安航空券も国内距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。 南島楽園、まだまだ続くようだ。 |
画像添付(246)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) |
穴縁(246)
2007 / 11 / 28 ( Wed ) 島の方言で、くっ付ける、は「しびしきる」だ。
しび、はお尻だ。 しきる、はくっ付けろだ。 彼と彼女を、しびしきれ!、は「くっ付けろ」と言う事で、お尻をくっ付けさせろ、と言う事だ。 人間の親しくなる関係、くっ付く関係、同胞関係をお尻で表現する所あるかな? あれれ! テレビでお尻をプリンプリン、クレヨンシンちゃんなんて、漫画があるな・・ 作者は黒島で発想したのかな・・ 世間では、握手をしたり、抱擁や頬をくっ付けたりするが、お尻プリンプリン、ペッタンコ! あのアメリカ、ライス国務長官がパンツを下ろし、黒いお尻と福田総理の真っ白いお尻がペッタンコ、と思いきや、足が短くて届かない。 あたふた高下駄探す姿、想像するだけで面白い。 超モテモテ男は、可愛い娘がパンツを下ろし、お尻をプリンプリン取り囲む。 おい! いきなりぶちかませたらあかんぞ。 パンツを下ろし、儀式をペッタンコ。 ちなみに、超モテモテ、ワシの周りは尻だらけ。 パンツを下ろし、ペッタンコ。 ?? 感触が違うぞ・・ 牛だ! 牛だーー! 島は人口二百数十人、しかも年寄りだら、牛三千五百頭。 思いっきり股間を蹴られ、虫の息・・・ た・す・け・て〜 人生、甘くない・・の巻。 |
悲恋(245)
2007 / 11 / 27 ( Tue ) 育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。
結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。 機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、「ひかる、今日はオレのおごりだ、といって、ふらりと入ってきた。 楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。 「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな眼を目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。 漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。 良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。 二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。 そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。 育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻すされたそうだ。 昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島で帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。 世帯を持つと約束した二人の関係は、あまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。 育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。 そして歌うのは、かごの鳥である。 良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。 話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。 80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。 会いに 来たのに〜なぜ出て会わぬ・・ 僕の〜呼ぶ声〜聞こえぬか・・ 今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。 声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては、「どこから来たねー」、と探し求める。 もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。 そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。 育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。 良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。 命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。 育造爺ジイーの声が聞こえるか。 会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・ 会いに 来たの〜に なぜ出て会わぬ・・ 僕の〜呼ぶ声 聞こえーぬか・・ |
殺し屋(244)
2007 / 11 / 27 ( Tue ) 高山夫妻のところの、二匹目のヤギがとうとう発情してしまった。
メスヤギの鳴き声は、ますますひどく、1週間おきに、2日間、昼夜を問わず泣き続けるという。 それに今度は、子ヤギが、泣きはじめたのである。 高山夫人は、とうとう完全なるノイローゼ状態だ。 今度こそはと、わらにもすがる思いで、育造爺ジイーのところへ相談に行くと、「水をかければいいさー」という。 いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。 30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。 オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。 これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。 「仕方ないさー、殺すしかないさー」 この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。しかし、ヤギを殺せる人はそういない。 3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。 そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとい。 確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので、殺した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。 あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に、泡盛をしたたか飲ませ、人助けだから、と頼むと、なんとか殺すことに同意した。 ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。 誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・ 田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。 去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。 犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。 かなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。 観光客には、子供連れもいる。子供が、そのような犬に噛まれたら、と考えるとゾッとする。 田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。 殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ! |



