再送信
2007 / 10 / 31 ( Wed ) 途中からお読みの方もあるかと思います。
再度、ナンバー1番より送信いたします。 |
ピル(162)
2007 / 10 / 31 ( Wed ) 若い青年二人,A君、B君と酒を飲んでいると、C君の話題、文句話で盛り上がっていた。
そこへC君が、「よー!」と、入ってきた。 話題は必然的に他の話題となり、アルコールが入り、そのうちA君が、先ほどのC君に対する文句話となってきた。 酔った勢いもあり、「お前は第一、自分勝手で、どうのこうの・・」と説教に入ったのである。 C君は、切れるタイプなので、B君はなんとか、その話題を止めようと、いろいろ気を使っている。 そのうち、A君が、B君に対し、「先ほどから黙っていたが、なんで俺を、むんぴるんだ!」と、荒れ出したのである。 むんぴる、とは、方言で、つねる、ことだ。 ひかるはすかさず、「よくぞこのような古い方言を知っていたもんだ」と、話題を方言に切り替え、場を治めたのである。 この島では、ぴる、という言葉が、いたるところに出てくる。 珍しい、は、ぴるまさ、になる。 昼は、当然、ぴる、である。 女の子よ、この島は、ぴるだらけだが、売っていないぞ。 島自体がハートの形をしており、温暖な気候、繁殖牛がたくさん飼われ、受胎率は日本ナンバーワン。 すぐ子供が出来ちゃうぞ。 この島へ来る時は、ぴるを忘れずに・・・ ところで、男がぴるを飲んだら、どうなるのかなぁ・・・ ビール同様、酔うのかな、一度飲んでみようっと。 |
一万円(161)
2007 / 10 / 31 ( Wed ) 島の古老の話によると、昔は、名字が無かったそうだ。
そのせいか、この島の古老たちは、あだ名をよく使っている。また、あだ名のつけ方が、ユニークで、特徴をよくとらえている。 普通は、大工屋あるいは畳屋、鍛冶屋など、職業による名前を使っているが、結構あだ名を使う場合が多い。 ある、体の大きな巨漢の人がいたそうだ。その人のあだ名は、軍艦とつけたそうだ。まともに名前を言ってもわからないが、軍艦といえば、すぐ島中で通じる。そして、その家は、今でも軍艦屋と、呼ばれているそうだ。 ひかるが、隣村を散策していると、おばあちゃんが、杖を持って、石に腰掛け、休んでいた。会釈をして、通り過ぎようとしたら、まじまじと見て、手招きする。 「初めて見る顔だが、あんたは、1万円か?」と言う。 何の事だ?? 訳が分からない。 ボケているのか?? 名字を言うと、「やっぱり、あんたは1万円だ」という。 そして、1万円の子供だと言う。 なんで1万円の子供なのか? 訳を聞くと、ひかるの父が生前、魚獲りの名人だった。注文を聞き、注文通りの魚種を獲ってき、売り歩いていた。 漁で稼ぐので、1日いくら稼ぐのだ、と聞いたそうだ。 父は、「1万円に決めている。それ以上獲らない」と言ったそうだ。 その話一つで、翌日からは、1万円というあだ名が島中、伝わったそうだ。 だから、父に似ている、ひかるを1万円、いや、1万円の子供だという。 それにしても、一万円の子供なら、五千円か? まさか、千円という訳ではないだろう。 よく考えると、ひかるは聖徳太子と肩を並べる、大大人物だぞ!!! しかし大蔵省、なんとか1万円以上の札を発行してくれ。 ひかるは、一生、1万円を越えられないではないか。 出来れば、ひかるをモデルに・・・ |
鼻の穴(260)
2007 / 10 / 30 ( Tue ) 民宿の庭で観光客と飲んでいると、二十歳前後の女の子がペアでいた。
島の方言で、親しい間柄、信頼している中、親友中の親友は、パナヌミと表現する。 訳は、人間の体の中で、目や耳、乳、手や足など、対になっている部分があるが、鼻の穴がいちばん近い。 連がっているので、極々親しい間柄の事を、パナヌミ、鼻の中、と呼ぶ。 ちなみに、男女の場合でもこの言葉は使われる。 彼と彼女は、もう出来ている。という場合に、あの二人は、パナヌミだよという。 早い話が、信頼している、親しい関係は、ハナミの関係である。 女の子が、キャーキャーいいながら喜んだ。 おじさん、この言葉使っていい? 大阪でハナミ、ハナミ、ブレイクさせるよ! おじさんと私は、ハナミ、ハナミ! ハナミの元祖は、南の島のおじちゃんだよと、両隣へ割り込んでくる。 おい! おい! おじさんと出来て、子供が出来たら、ひ孫だぞ! だけど、いいか・・ ハナ ハナ ハナミ〜 今日も、明日もハナミーで行こう。 あなたにはハナミ、いるかな? |
大発見(259)
2007 / 10 / 30 ( Tue ) 昨年に続き、大型台風が10月6日に島を襲った。4日前の10月3日、島は台風の予兆も無く晴れて雨も無い。いつも通り庭でくつろいでいると、あれれ?いっぱいいるはずのアリ達が、完璧にいなくなり、巣に避難してしまっているのだ。とんでもない予知能力だ。確かに普通の雨と台風では量と時間が桁違いだ。台風の雨が降り出すと、庭が水びたしになり、ひかない。早めに巣に戻らないと、戻れなくなるのだ。台風はまだフィリッピン沖にあり、何で島へ来る事、超大型である事を予知出来るのか?これは、とんでもない大発見だ。間違いなくアリは予知している。気象庁、国土交通省はじめ、国挙げての研究が必要ではないか。もしこのアリ達が、地震を予知出来たら?これはとんでもない事だ。国を挙げてP波警報体制が採られている。それに3日前に警報発令の予報が出来れば、被害は格段に軽減されるはずだ。2千キロ先の台風を予測できるのだから、地震は数十キロから数百キロ圏内、かなり精度の高い情報が得られるのではないだろうか。ひかるは老後、ブログで遊ぼう、と
思ったが、もう一つアリの研究と言うテーマが加わった。人生、楽させてもらえないようだ。今日もハエ叩きで99%叩き落せるようになった。アリ達の食料を確保、アリ達との会話を本気で考える。ワシは宮本武蔵だ!ちなみに、ナマズが地震を予測すると言われているが、事実であろう。しかし、自然界で先祖代々生息している環境の中での事だ。地震の前の微かな地響きか、水圧の変化で、棲家への影響を読むのだろう。人間の作った環境や水槽での予測は絶対無理だ。気象庁、国土交通省、本気でアリを研究しろ! |
女の夜這い(258)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) それにしても、ノーパン女の夜這い、来て欲しい・・
特に村はずれの一軒家で、チョンガー男がコチョコチョ台所に立ち、洗濯にトイレや風呂掃除、膝を抱いて寝ていると、つくずく思うもの。 しからば、念じに念じ、念じ続ければ、お夜這いさんが来てくれるのではと・・・ 戸の隙間をつくり、真っ暗闇にし、待ち続けると気配がしたので、うす目でみると、野良猫のお夜這いさん、翌日枕元に小石を用意し、思い切り命中、以後ピタリと来なくなったが、お夜這いさんを待ち続けて、一ヶ月半、本物のお夜這いさんが来たのだ! 台風通過後、どんよりと曇った闇夜の3時、うす目で見ると、昼間すれ違い時、笑顔で話しかけて来た、歳は30前後で二年前より島に住み着いている、艶やかな一人身の女である。 逃げられるとまずいので、いびきをかく。 部屋の隅で闇に目を慣らせた後、いよいよ動き出した。 夏掛けの裾から潜り込み、しなやかなる指先のうごき、当然パンツいっちょうはなんなく剥ぎ取られ、息子は直立不動の万全なる体勢。 なま暖かい風は下半身から全身を覆う。 大波、小波、漕ぐ舟は極楽の境地に達し、思いっきり突き上げる。 夏掛けがポロリ、と落ちた瞬間。 ギャー ギ、ギャーーー 歯っ欠け婆バーだ!!! 地球を覆う閃光が走り、生まれて初めて、夢で失神してしもーた。 南無・ 南無・・ 南無・・・・ |
女の夜這い(257)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) ちなみに、この地区の島に、夜這いは、女がする事になっている島があるそうだ。
夜這いの作法は、ノーパンが原則だとのこと。そんな島で生まれ育っていればよかった、と誰も思うだろう。 あるボス的存在の女で、顔やプロポーションも、十人並み。 その女は、島1番の人気者の男を自分が、夜這をかける、と周りに、暗に振れ回っていたそうだ。番長的存在だから、当然と考えていたのだろう。 ところが、ある女が、その番長には負けじ、とこっそり夜這いをかけてしまったのだ。 童貞、略奪だ! さあ、その事がばれて大変だ。 番長は、手下も動員し、事あるごとにその女をいびり、虐めぬいたのである。 とうとうその女は、島にいられなく、こっそり出ていったそうだ。 以後、親兄弟にも連絡が取れず、行方不明だったという。 しかし、その番長は、いじめの代名詞として、島中知れ渡り、最後まで、結婚できなかったそうだ。 虐めをすると、結婚できない、と言う教訓として、今でも語り継がれているとの事。 お〜い! スケバンごっこで、番町やってる女いないか。 あなたの噂は男達に知れわたり、一生結婚なぞできなくなるぞ。 虐めは、よせよ。 虐めは、結婚の敵! |
夜這い(256)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 「極楽とんぼ」
今日の金曜日も無言電話があり、明子は、華やかな気持ちで、踊り狂っていた。 明子の踊りには、願いが込められた、念仏踊である。 確かに、浩二のことは、大好きであった。 恋しい浩二、いとしい浩二は、いつの間にか、徐々に遠いものとなりつつある。 浩二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ浩二の姿。 もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。 世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた浩二は、今では恩人、大事な、大事な人と、なって、大きく目の前に現れてきたのだ。 あれほど思いをよせた浩二、遠のくことが、寂しくもあり、不安でもある。 しかし、親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる。 生きているなら一度会いたい気持ち同様、浩二には、今の姿を一度見てほしい。 今更交わる心は微塵もない。 たった一度、もう一度、自分の姿を見てほしい。この極楽とんぼで、1晩で良いから、泊まって欲しいのである。 蘇えった明子は、とても60に手の届く女性とは思えない。 若々しく、はるか彼方を見つめ、遠ざかる浩二の姿を追い求める踊り、時には激しく、しなやかな腰の動き、見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。 お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。 一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。 今日も明子は、心のなかで念仏をあげ踊る。 民宿とんぼ 極楽とんぼです。 是非、泊まりに来てください。 きっと、きっとよ! 民宿とんぼ 極楽とんぼです。 是非、泊まりに着てください。 きっと、きっとよ! ・・・・・完 |
夜這い(255)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 郵便物の中味は、明子名義の通帳と印鑑、なんと2千万円ものカネが入っていた。
当時のお金では、腰を抜かす程の大金である。 間違いなく、浩二が送ってきたものだと考えられるが、どうしたものか、考えあぐねた。 思案に思案をした結果、この金を大事に使い、いつの日か浩二に恩返しをしたい、と考えた。 結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。 当時、旅人がちらほら島にいたが、聞くところ、島の民家にお世話になり、民泊しているとの事。 そこで明子は、大勢の人と会話ができ、大勢の人のために、民宿をはじめようと決断した。 一度決断をすると、そのあとは、もう電光石火。 役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく、指示通りやります。 生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせあり。 民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願い。 お金はいりません、是非、手伝わせて下さいと、朝から晩まで、お風呂やトイレの掃除。料理、接客方法などをつぎからつぎと、マスターしていったのだ。 島の民家は、台風があるため平家だが、ものの見事、コンクリート建ての二階家の民宿が、1年を待たずに、あっと言う間に完成。 時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。 タレントや有名人も宿泊、話題となって目の回る忙しさ。 そして、テレビの取材打診が舞い込んだ。 明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。 もしかして、浩二が見てくれるのではないだろうかと、考えたのである。 放送後、明子は浩二からの電話を待ち続けたが、やはり一度もかかってこなかった。 しかし、よく考えると、無言電話がかかってくるようになった。 明子はそこで、はっと気がついた。 無言電話は、毎週金曜日夜の8時頃、決まった時間にかかってくる。 その電話は、浩二が名乗れずに、明子の声を聞くため、かけているのだと思った。 それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座するのであった。 そして客は、何故か理解できないが、この民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲み放題。 明子が、さも楽しそうに踊りまくるものであった。 ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。 毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。 浩二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業の鉄骨屋の社長となっていた。 二十歳で島を出たときは、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者として旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪までたどり着いたのである。 大阪で溶接工になった。 暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。忘れるように、人の2倍3倍働きに働き続けた。 溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。 社員へ訓示することは、「夜駆け、不意打ちはだめだ、物事は正面からとらへ、筋を通して、正々堂々と行うべし、 迷ったとき、辛い時は、お互い知恵を出し合い、助け合っていこう」という経営理念を貫いているのだ。 社内外からも、太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであった。 自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けば、いくらでも手に入る。 明子を見たとき、自分が起こした事件、その影響は、明子の人生にはやはり、すくなからず災となったことは間違いないだろう。、 できるだけのことをやり、詫びようと思ったのである。 詫びて済むようなことではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々である。 |
夜這い(254)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 普通の人は、集落を結ぶ大きな通りを歩くのだが、浩二は防風林ぞいの小さな道を、なつかしそうに回りを見ながら歩いていった。
自分の生まれ育った集落にさしかかったが、集落へ入ろうとはせず、そのまま通り過ごした。 4、5百メートルくらい行くと、そこは明子と出会った小さな森だ。 昔とほとんど変わっていない、自分が草刈をしていたところと、明子が薪拾いをしていたところは、30メートルくらいしか離れていなかったのだ。 なぜあの時、明子に声をかけられなかったのだろうか。今更ながら情けない。 しばらくして、浩二は、さらに先へと進んだ。 そこには、明子の家があるのだ。 明子はいつものように、庭の野菜の手入れをしていた。 トマトの新芽の間引きをした後、菜っ葉を植えようとクワで耕していると、人の気配がしたので、何気なく振り向くと、そこには石垣から、首だけをチョコンと出したサングラスの男がいた。 明子は見た瞬間、それが浩二だとわかった。 まさか・・一瞬目を疑ったが、まぎれもない。 長い間、待ち続けた浩二。 まさか まさか・・・と胸は張り裂けんばかり、取り乱し、逃げたくなった。 浩二は門口までくると、明子を見据えたまま「入ってもよろしいでしょうか」 という合図の会釈をした。 あまりの突然の出来事に、明子は混乱していたが、大人がやっと二人腰かけられる、小さな縁台へ促した。 明子がどう対応していいのか、もじもじ戸惑っている。 さすが女性で、こんな姿だけは見せたくなかった。 化粧っけひとつなし、ボロボロのおちぶれた姿だ。 恥ずかしい・・ 恥ずかしい・・ 今すぐにでも逃げ出したい・・ しかし、逢いたい、恥ずかしい、この二つが脳裏でチャンプル、チャンプル。 そのうち、かすかに笑みが漏れたところは、やはり逢いたかった気持ちの方が恥ずかしい気持ちを、寄り切ったようだ。 実は、明子は浩二のことが好きだった。 夜這いがあったあの日、浩二を受け入れ、ささやかな世帯を持ちたいと思っていた。 浩二が後手に、柱に縛られ泣いている時、なんで父親に自分の気持ちを打ち明けられなかったのだろうか。 何度も、何度も後悔をしてきた。 昨夜もトタンに囲まれた風呂場、ドラム缶の風呂に夜空を眺め、浩二に思いを廻らしていたのである。 そんな浩二が、突然目の前に現れ、動揺するのが当然だ。 浩二はまた、アバラ屋を見たとき、もう両親はなく、一身だろう。 先ほど来、自分を毛嫌いすることなく、受け入れてくれている。 もしかして独身で、ずっと自分を待ち続け、今日まできたのではないか。 そう思うと、土下座をし、地べたへガツンガツンガツンと頭がわれるほど叩きつけ、謝りたい気持ちで、明子以上に動顛していた。 沈黙が続いた後、無意識のうちに、初めての言葉が出た。 「結婚はしなかったのか?」 明子は、もう開き直っている。 今までの身の上話をポツリポツリ、とかいつまんで話した。 浩二は聞きおわると、大きなため息をもらした。 明子もまた、浩二にだけは一度話したかった、聞いて欲しい事をしゃべったので、肩の荷が下り、ため息をついた。 そして何気なく 「ご結婚は?」とオーム返しに聞いた。 「初めての孫が生まれたばかりだ」 明子は動揺もせず、もちろんそれは当然の姿である。 明子の家は村の東はずれにあり、この家に用事のある人以外は通らない。 誰にも気付かれなかった。 浩二は、夜這いの話が再燃し、明子の身にこれ以上災が起きては、とそそくさと帰り支度をした。 明子のすがる気持ちを振り切り、来た道をとぼとぼ帰る浩二の背中は泣いていた。 浩二は、やはり自分の家にはよらず、そのまま港から40年前と同じ、誰にも気づかれず島を出た。 後日、明子のもとへ小さな小包が届いた。 差出人住所には全く覚えはなく、浩二からの郵便物は間違いなし。 この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。 次回に続く・・・ |
夜這い(253)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) あれほど明るかった明子は、あれ以来ふさぎ込んでしまった。
中学生の頃は、テニスに打ち込み、地区代表として、県大会まで出るほどの腕前。 みんなの人気者だった。それがまた親父の誇りだった。 結婚をさせ、子供でもできれば、元の明るい子に戻るだろうと親父は、石垣島の知人に、相手を紹介してほしいと依頼した。 10歳も年上の健一という男と見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。 健一の仕事は、船の荷役という、日雇い労働者だ。 当時は重機がなく、男どもが、蟻のごとく、船へ荷物を乗せ降ろしをしていたのである。 明子との間には、子供ができなかった。 それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が、午前中のため、朝早く仕事に出かけ、正午ころには自宅へ帰るが、酒びたりとなった。 この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。 酒に酔うと、口の暴力、物を投げ、手まで出す始末。 健一の妹が、やはり子供もできず、出戻って来、姑のいびり。 挙げ句の果ては、健一が、外に良美という女に、子供まで生ませてしまった。 良美は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、何のおく面も無く、しゃーしゃと子供連れで出入りするようになってきた。 明子は、女中以下の扱いだ。 健一は、酒を飲みすぎたのか、肝臓を患い、60歳で他界してしまった。 両親は、他所の女に生ませた孫を可愛がり、その女は、堂々と出入りする。 姑にはいびられる。 収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、乞食同然の生活となった。 リアカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、土嚢袋で空き瓶を拾い回っている姿を島の人に見られてしまった。 島の親父は、強引に乗り込んで、明子を島へ連れ戻した。明子55歳のときである。 不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、1年目で他界、父は後を追うようにまた1年後に、他界してしまった。 古い家もまた、台風で吹き飛んでしまったのである。本当の家なし乞食となってしまったのである。 立て直す金などあるはずがない。近所の人が、廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活できる、掘ったて小屋を立ててくれた。 電気代を払う金もなく、ランプ生活。プロパンガスとて無理、土間で薪拾いをし、煮炊きする生活だ。 あまりにもみじめな乞食同然の身となってしまった。 そんなあるとき、島に一人の男が、立ち寄った。 手ぶらながら、ネクタイに背広姿、島人の姿とは違うので、明らかに他所者、旅人である。 他の客が船から降り終わった後、一人降りてきたが、人が群がっている所は避け、懐かしそうに探索している。 帽子をかぶり、サングラス、口ひげをはやしているが、そうだ、その男こそが40年前、夜這い事件を起こした、浩二なのだ。 次回に続く・・・ |
夜這い(252)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 浩二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりついて、悶々と寝られなかった。
夜中の三時、特に意識したわけではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。 周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。 先輩の、早くしないと他のやつに夜這いをされる。その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。 とうとう夜這いに移ったのである。 先輩が伝授していた通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。 そして、物音一つしないように、明子の寝ている裏座の戸ををやっと入れるくらいの隙間で開ける。 島の家の造りは、一番座、2番座があり、必ずと言っていいほどその裏に、裏座がある。そしてその裏座は又、必ずと言っていいくらい外へ出入りできる構造になっている。 初めての夜這いで、浩二の胸は高鳴り、破裂しそうである。 しばらく目を暗闇に慣らすため、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。 その姿を見た瞬間、浩二のの頭は真っ赤っか。すべての思考力はすっ飛んでいた。 浩二は夕方出会い、今夜自分が夜這いに来ることを予測し、待っていてくれたのではないか、と思われるポーズ、ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。 その時、襖が5センチほどそっと開いたのであるが、浩二はまったく気がつくはずがない。 ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。 「こらあー!! 」と親父のとても考えられない大きな声が、部屋中に響き渡ったのだ。 浩二はそれこそ、失神しかねない驚き様だが、とにかく逃げた。 とにかく隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が、泥棒、泥棒、と言って、通せんぼ。 身をひる返し、西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、はさみうちになってしまった。 しからば、石垣をよじ登って逃げようと思い、石垣に飛びついたが、酔いがまわっていたのか、親父にズボンの裾を捕まれてしまった。 石垣にへばりついたまま、母親はコン棒振りかざし、恐ろしい形相で、事あらば、と一撃態勢、身動き出来ない状態。 後手にねじあげられ、家の中に引きずりこまれた。 そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。 普通なら、説教をし、誤れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。 夜が明けると、村中の人に、「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と、触れ回ったのだ。 隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでが、ドジしやがったな、とニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、というさらし者だ。 夕方、解き放たれたが、浩二は外にも出ず、こもりっきりだ。 自殺しかねない、親が見るに見かね、次男の浩二は、島からこっそり逃げるように、もちろん行き先もなく、着の身着のまま、見送る人も無い。 以後、浩二の行方は、親兄弟、誰一人とて、知る人はない。 次回に続く・・・ |
夜這い(251)
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 日本の南端、この黒島では、その昔、夜這いは、日常の出来事で、公然と行われていた。
もちろん、夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。 浩二は二十歳。隣村の18歳、明子に、ほのかな想いを寄せていた。 夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、浩二は隣村との間にある森へ、牛の草を刈リに出かけた。 その森へ明子もまた、薪ひろいに来ていた。二人は森の中で、出会わしたのである。 明子の素振りも決して浩二が嫌いと言うわけではなく、好意を持っているかに見えた。 明子は美空ひばりの歌をくちずさみ、さも楽しそうに、嬉しそうに薪ひろいをしていた。 声をかければよかったのだが、浩二は寡黙で、気が小さいときている。 そのまま別れてしまったのである。 夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で青年たちは、さんさんごご集まって酒を酌み交わす。 浩二も先輩たちといっしょに飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。 「おい! 中里村の明子はよ、今1番いい、熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」 他の先輩が、「中里村の秀雄がよ、あの子に気がある、近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」 「お前ら、甲斐性なしだな、この前里村から、先に夜這いかける奴、いないのか」 「久雄! お前度胸ないのか?」 久雄はやってもいいかな。と打診もし乗り日になっている。 先輩が久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。 浩二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろうと期待しながらも、もしかして、と不安が次々に膨れ上がっていく。 先輩は、俺が夜這いをかけたとき、布団からそっと足元に忍びよったが、相手は男だった。 その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。 そこで、運動会の夜、弟が、ぐっすり寝ているときに、夜這いをかけたら、大成功。 あの娘はよかった、おいしかったぞ、といろいろと自慢話をし、煽り立てている。 夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっきりだった。 |
古井戸(250)
2007 / 10 / 28 ( Sun ) 誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生きかえらせることにした。
雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせ、真ん中に穴を開け、鉄パイプで、空気が通るようにし、子供たちにも危険が、及ばないようにしたのである。 コンクリ−二階建て、島1番の立派な民宿が出来上がり、営業を開始すると、古老の言われた通り、見事に繁盛したのである。 開業してから2年、今ではお客を断るのが、大変だという。 中には、日程をずらせても宿泊できない、どういうことだと、詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと、嘆いている。 観光客の中には、その古井戸を見、それは何ですかと、尋ねる人もいるという。 これこれしかじか、と話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊出来たんだと、手を合わせるお客さんもいるという。 M君は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り、大変な幸運に恵まれたと、感謝をしているとのことだ。 古井戸や、お客呼び込む、福の神 |
古井戸(249)
2007 / 10 / 28 ( Sun ) M君は、20年前、二十歳の時に、この島に遊びに来た。
ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。 島の人が民宿をやると、どうしても昔からの島料理であったり、結構虫がいるが、それも全然気にしない。 よってなかなか繁盛しないのである。 M君はかれこれ15年間、コツコツとリピーター客を捕まえ、そして嫁さんも確保、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行した。 土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。 誰かが、埋めた跡が残っていた。 村の古老に話を聞くと、確かにここには依然、家があって、間違い無くそれは、古い井戸であるとのことだった。 その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から、井戸を埋めると、子孫末代まで、いいことがないと、言われている。 その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生きかえらせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。 |
珍人生(248)
2007 / 10 / 28 ( Sun ) この島に、30年前に本土から移住してきた人がいる。 コンクリで立派な家を建て、そのかわし、冬場しか島にはいない、夏場は本土へ帰るのである。 その家が空き家にならないよう、管理の名目で、夏場だけY氏が利用している。 当然30年来、島へ来ているから、年齢的にもも50半ばである。 そのY氏の生き方が変わっている。冬場はどうするかというと、本土のスキー場でインストラクターをしているという。 冬場にインストラクターで稼いだカネで、夏場は、他人の家を自由に使って、気ままに、生きているのである。 背丈も高く、顔自体も、結構モテるタイプだ。 そして島の民宿とも顔見知りになり、夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内したりして、自由に生活している。 自分の家も持たず、結婚もせず、しかも常に若い女達が回りにはべり、不自由しない、ちゃんと人生が成り立っているのである。 スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずだのに、うまくかわす術もあるようだ。 お金が無くても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を30年も続けられる、まか不思議である。 団塊世代の人達は、働かざる者、食うべからず、としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。 そういう人達から見ると、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる、珍人生物語であった。 |
残暑! 10月28日気温28度
2007 / 10 / 28 ( Sun ) |
島の格(247)
2007 / 10 / 28 ( Sun ) 南の島には、個性豊かな老人たちが多い。
自他共に認める、島で1番のスケベーじいさんがいる。 水着姿の観光客、女の子たちが集まる休憩所へいつもちょこちょこ出かけるじいさんで、若いピチピチした女の子を見ると、すり寄っていく。 あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。 観光客も、明らかに島のじいさんだと言う事が分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ、開放的に色々な話をして過ごす。 じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもち妬かれないのか、と聞くと、 「あはー ばあさんは、とっくに死んだよ」 おい おい 生きている人を殺すなよ! このじーさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きて行けないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。 ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。 そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は、格が上がったぞ、という。 よくよく話を聞くと、以前は、観光客に年寄りが多かった。しかし、最近では、若くて、しかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。 だから、この島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。 確かに、ここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が、格段に上がったことは事実である。 この地区は今、離島観光ブームで、かつてない程、沸き上がっている。 石垣市を中心として、黒島には、毎日15便ほどの往復便がある。 この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。 黒島の3倍以上、毎日50便が、石垣島から観光客を運んでいる。 隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKのちゅらさんドラマの舞台となって、その島も、毎日知33便くらいの往復便があり、観光客で沸きかえっている。 また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島より、40便前後の船が往復している。 また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が15便しかないということは、いかにこの島が観光地化してないかということが分かる。 また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。 黒島は民宿の数も少なく、大勢の団体がきた場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。 石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。 若い人たちは、どうしても中高年、団体客、ぺちゃくちゃ食べ、スピッツのごとく、ぺちゃくちゃしゃべりまくるあの集団には、辟易するようだ。 よって若い観光客が、締め出される形で、今度は黒島へ押し寄せる。 だからスケベーじーさんの言う通り、海岸へ行くと、若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。 この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。 海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。 シーズンになると、水着での村内歩行はやめましょう、との立て看板も熱いので守れない。 また、格安航空券も国内距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。 南島楽園、まだまだ続くようだ。 |
ヘアーネット ??(246)
2007 / 10 / 28 ( Sun ) 庭で入力作業をしていると、島で一番の物知りだという、爺じーが、泡盛を片手にニコニコ入ってきた。
何をしているんだ、と聞かれたので、ブログを書いているというと、グローブは知っているが、何だそれは! と言う。 島では、インターネットをやっている人は、ほとんどいない。島外からきた人で、ISDNでインターネットをやっている人がいるが、とても重くて、使い物にならないという。 (今年からADSLがつながった) 島の年寄りたちは、インターネットといえば、人を誹謗中傷する道具と、解釈しているようだ。 まかり間違ってもそんなもの持ち歩くんじゃないぞ、と注意されるのである。 じいさん、インターネットって知ってるか、と聞くと、「バッハルン!」、(あったりまえ、しっているさー)と、方言で自信ありげに答えた。 昔は、女しかしなかったのに、最近は男までがやっとる、と言い出す。 観光客が、ヘッドセットをかけて歩くのを見ていて、それがインターネットと、解釈しているようだ。 昔、女性が、ヘアネットをしていたのを、最近では、男までがやる。それがインターネットと、解釈しているらしい。 ヘアネット、ヘッドセット、インターネット、頭の中で混乱しているようだ。 言われてみれば、インターネットは頭を使う。頭に関係するヘアネット、ヘッドセット、たいした差は無いなあと感心した。 あれれ、このじいさんの解釈、買いだぞ。 カラフルで、かわいいファッションとしても使える、毛糸なり、他の素材で帽子を作り、両耳の部分に、マジックテープで、イヤホン型スピーカーをちょこんと貼りつければ、最高だ。 このアイディア、特許取れるぞ。 誰かやってみて・・・ |
悲恋(245)
2007 / 10 / 27 ( Sat ) 育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。
結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。 機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、「ひかる、今日はオレのおごりだ、といって、ふらりと入ってきた。 楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。 「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな眼を目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。 漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。 良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。 二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。 そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。 育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻すされたそうだ。 昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島で帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。 世帯を持つと約束した二人の関係は、あまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。 育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。 そして歌うのは、かごの鳥である。 良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。 話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。 80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。 会いに 来たのに〜なぜ出て会わぬ・・ 僕の〜呼ぶ声〜聞こえぬか・・ 今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。 声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては、「どこから来たねー」、と探し求める。 もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。 そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。 育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。 良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。 命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。 育造爺ジイーの声が聞こえるか。 会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・ 会いに 来たの〜に なぜ出て会わぬ・・ 僕の〜呼ぶ声 聞こえーぬか・・ |
泣くな!!(243)
2007 / 10 / 27 ( Sat ) 島に、横浜から移住してきた、50代の高山夫婦がいる。
子供はなく、二人きりの生活で、大きな番犬を飼っている。 それにペットとして、メスのヤギを二匹、飼いだした。 大きい方のヤギが、ここのところやたらめったら泣く、それも、一昼夜メーメー泣き続けるのである。 泣き止むかと思うと、2週間もすると、また夜通し泣き続ける。夜中2時3時であれ関係なく、不眠不休で泣き続けるのだ。 島の人に聞くと、それは発情だろうとのことだ。 さて、困ったことに、オスのヤギいない。 とうとう3回目も泣き出し、隣近所に対しても迷惑だし。夜も眠れない。 そのうち二匹目も泣き出したら、やっとの思いで移住したのに、島にはいられない。 高山夫婦は、困りはててしまった。 育造爺ジイーなら、島のことは知っているし、頼んでみようということになった。 ジイーは、しばらく人から頼まれ事も無いので、即座にOKだ。 ヤギ小屋へ行くと、荒々しくメスヤギを横倒し、な、ななんと、指をメスヤギの熟れたあそこへ突っ込んだのである。 抜くとき、ゆっくりおまじないをするがごとく、輪を描くように抜いていく。 メスヤギは、いきなり抑え込まれ,眼をパチパチさせ、あまりにも速い動作に、あっけにとられた顔だ。 そうすると、どういう訳か泣きやんでしまったのである。 高山夫婦は大いに感謝、感激。大事に取ってあった泡盛の古酒と、夜のおかず用に用意してあった刺身を育造爺ジイーに渡した。 育造爺ジイーは、得意満面、「何かあったらいつでも相談に乗るさー」と意気揚々と帰っていった。 ところが、ところがだ。 2時間もすると、またメーメー泣き出したのである。前にも増して、泣き方が、懇願するようなもの悲しさと、悲痛な叫び声で泣いている。 再度育造爺ジイーのところへ行くと、満面の笑顔で泡盛を舌なめずりしながら飲んでいる。 ジーが泡盛を飲むと、ケツに根が生え、びくとも動かず、やぎの泣き声など、まったく耳に入らない。 頼んでも、頭の中は泡盛のことだけでまったく話にならない。 そして言い放った。 「一晩くらいは、ヤギと添い寝しな、再度泣き出したら、今度は指を2本突っ込め、次1本、これを繰り返していると大丈夫だよ!」 やぎの糞の中、どうやって寝るのだ、バカバカしいと、高山夫婦は、腹に据えかね帰った。 今度は、ひかるのところへ、相談に来た。 あまりにも島暮らしのルールを知らない。バカバカしい相談なので 「この問題を解決できれば、間違いなく、ノーベル賞はもらえる、夫婦で本気になって考えな、 ヤギの糞がいやなら、自分のベットへお招きしろ」 と言ってやった。 夫婦は周りに、島の人たちは、自分たちの悩みを、本気に相談にのってくれない、自分たちは、移住者として、よそもの扱いされていると、愚痴をこぼしたそうだ。 あんたら馬鹿か!。そんな下らないことで、島の人たちと、諍いを超すようだったら、この先が思いやられる。 横浜へ帰って、週刊誌ネタで、井戸端会議をしていろ! 帰ったほうがましだぞ・・・! |
育造爺ジー(242)
2007 / 10 / 26 ( Fri ) 皆さん、ハートアイランド、ご存知ですか。
沖縄本島から、南へ450キロ。周囲12キロという。ものの見事に、ハート型をした、小さな島がある。 黒島で、別名はハートアイランドと呼ばれている。 この島に、年齢は80歳を越した、いまだに独身の一人の爺ジーが居る。 頭は完璧にツルツル、ツルッ禿げだが、その分あごヒゲはもじゃもじゃ。 目は人1倍小さい。遠くから見ると、どう見ても、顔が上下逆回転だ。 いつも短パンにランニング姿で、腹がポッコリと出ている。 年のせいか、半分ボケが入っている。 足腰は意外と丈夫で、いつも自転車を乗り回し、昼間から島中を徘徊している。 見晴らしのいい、休憩所などで観光客がいると、誰かれ構わず、 「どこから来たね〜」と声をかけまわる。 爺ジーは若いころ、20年ほど大阪で仕事をし、自分の生まれ育ったこの島へ、ふらりと単身、戻ってきた。 観光客が、名古屋から来た、というと、私は20年間名古屋で、住んでいたといい。適当に話を合わせる。 別な観光客が、仙台から来たといえば、自分は20年間、仙台に住んでいたことがある、と良い加減だ。 毎日が徘徊と、想像の世界である。 顎鬚は見事、そして、笑顔が子供のように愛らしき、いつもニコニコしている。 観光客は、半分ボケているとは誰も思わない。 最近島に、外人観光客が増えてきたが、育造爺ジイーは、果敢に挑戦する。 「どこから来たね〜」と聞き、「スイスから来た」というと、私は20年間スイスで生活していたと始まる。 エッフェル塔の眺めは、素晴らしい。上ったことあるかい。 ゼラシックパークという公園では、昼間からよくも、若者がチュウチュウ、キスをして恥ずかしくないのかね。 ・・・・??? 話は全く通じない。 また、別の外人を見つけ、どこから来たね〜、と始まる。 イギリスから来たというと、私は20年間イギリスに住んでいたことがあると始まる。 セーヌ川の高台の高級住宅街、知ってるか、と得意になって話をする・・・・??? 話は全く通じない。 とうとう育造爺ジイーは外人と話をすることをやめた。 その点を聞くと、 「あいつら、バカだよ」 こんな小さな島へ流れ着くような外人は、学校なんぞ出ていない、無学文盲だ。 育造爺ジイーは、芯から怒り出す。 今日も育造爺ジイーは自転車で徘徊をはじめる。 |
金、金、金〜(241)
2007 / 10 / 26 ( Fri ) 南の島、昨夜は雲一つない晴天、まれに見る、星空の美しい夜であった。
民宿の庭で、観光客、14、5人と輪になって酒を飲んでいると、年の頃、30歳を越したばかりと思われる女性の二人連れがいた。 きれいな星空を海岸で、見てくると二人は、出かけた。 しばらくして、きれいな星空が見れてよかったと帰ってきた。 流れ星、見えた、と聞くと、すごい大きな流れ星が、何個も見えた、との事だ。 年頃の女性なので、さぞかし、流れ星に、ロマンチックな想いを寄せたのでは、と尋ねると。 「もちろん、お願いごとしたわよ」 何をお願いしたのと聞くと、もちろんお金よ、と即座に言ってのけ、隣の子もうなずいていた。 「おじさん知らないの、流れ星に、金、金を7回連発できると、金持ちになれるのよ」 ・・・・ 今の若者の考え方には、夢もロマンもへったくれもない。 しばらく飲んでいたが、またこんどは、別の方向で、星を見に行くという。 姉御役と思われる一人が、どうも自信がない。 こんどこそ間違いなく、金、金を7連発してやると、立ち上がって行った。 こら! この若さで、まだまだ人生を開き直ることないだろ、といったが、どうも耳に入らないようだ。 スレた様子からみて、この二人の女性は、再度星を見に行くと言って、周りの男の子が、いっしょについてくるのではないかと、誘いをかけしているように見えたが、男はだれ一人として、ついていかなかった。 男どもよ! 間違っても、このような女性に捕まるな。 まかり間違ってつかまると、なんで私が貧乏な人生を続けなければならないんだ、と言い続けられる。 結婚しない女性が増えているというが、原因の根本は、結婚に対する金の比重が、以前とは格段に違うようだ。 このような世代に生まれなくて幸せだった・・ |
真美ちゃん(240)
2007 / 10 / 26 ( Fri ) 真美ちゃんが、この島へ流れ着いたのは、1年前であった。
スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻だちも、はっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。 しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にハビリついているのではないか、今にも、岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。 それが、1年たった今は、これほど変身できるかと思われるくらいの明るさがとり戻ってきた。 誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言いよってきても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」、と脳天からの高笑い、明るく、軽く、相手に不快感を与えずに、あしらう。 誰もがびっくりするような変身ぶりである。 パーティーから、数日後、港であったので、声をかけた。 先日、群馬から、お父さんが、きたんだって、と聞くと、 え! ええ!!、誰から!、誰から聞いたの、私お父さんが島にきたこと誰にも言ってないのに、とびっくりしていた。 おじさん、地獄耳だから、何でも知ってるよ、というと、観念したのか、皆さん、島の良い人に出会えたこと、一生忘れないよと、笑顔で答えていた。 真美ちゃんのお父さん、本当に心配で、仕事を休んで、高い飛行機代出して、様子を見に来たんだぞ。 もっとお父さんに、甘えた方がいいよ、というと、2週間後に、島を離れるけど、島のこと、一生忘れないから、と明るい。笑顔だった。 群馬へ帰ったら、お見合いをして、いい人見つけな、というと、コックリうなずき、私必ずいい人見つけて、もう一度島へ来るから、と自信に溢れた少女の笑顔が返ってきた。 この島は、見事なハートの形をしている。なぜか、この島に滞在すると、心が落ち着き、癒されるという。 真っ赤に燃えた真美のハート、きっといい人が見つかるであろう。 |
真美ちゃん(239)
2007 / 10 / 26 ( Fri ) 島に、昼間は軽食、夜は飲み屋になる、小さな店がある。
ヘルパーとして、23歳の娘と、27歳の真美(仮名)ちゃんが、昼夜交代で働いている。 真美ちゃんは、ひかるの娘と、同じ名前なので、いつも呼び捨てにし、かわいがっている。 真美ちゃんも、ひかるのことを父親のごとく、親しくしてくれている。 夕方7時頃、店に行くと、島の牧場をやっている青年たちが、5人ほど集まっていた。 隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年たちが手招きをするので、同席すると、何とテーブルには、寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと、豪勢に並べられている。 この島にはない料理で、石垣島より、取り寄せたばかりだという。 何か祝い事でもあるのか、と聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝だとのことだ。 しばらくして、真美を席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。入り口から、若者が、タンタータタン、タンタータタンと、出来立てのケーキだ、といって入ってきた。 ろうそくがともされ、バースデーの歌が流れ、真美ちゃんが、ろうそくの火を消すとあかりが点けられ、拍手喝采。 そして、ケーキカットの合図に、大きなスプーンが、真美に渡された。 何と、気がつかなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は、豆腐だったのである。 島に、ケーキがないので、出来立ての豆腐が、ケーキに早変わり。 よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。立派なケーキに見えるのである。 そして、真美ちゃんは、ポテトチップスに、スプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして、次から次と、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。 初めてではあったが、びっくりするような珍、新味だ。 醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。 これほどの珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。 島の若者たちのアイディア、感性には驚かされた。 |
牛飼い魂(238)
2007 / 10 / 25 ( Thu ) 源一じいさんは、夫婦で20頭ほどの牛を飼っている。
夏休みに高校生の孫を、島へ呼び寄せる事を1番の楽しみに、セリで牛が売れると、少しずつ貯金をし、指折り数え、待っているのだ。 昨年、じいさんは、思いきって牛舎をトタン屋根で組み上げた。 完成した矢先、9月12日に、30年ぶりと言われる超大型台風が、島を直撃。 じいさんが組み上げたトタン屋根は、みごと飛んでしまった。 がっかりしたが、気をとり直し、飛んでしまったトタン板をリヤカーを引っ張り、拾い集め、木のハンマーで叩き直し、再度組み上げたのである。 道なき原野をリヤカーで回り、トタンを集め、作り上げた牛舎に、みんなが拍手喝采だ。 ところが、1年経った今年9月、また、昨年に続き、超大型台風が、島を直撃。 源一じいさんの作り上げたトタン屋根は、あっけなく吹き飛ばされてしまった。 じいさんは、諦めない。再度リヤカーを引っ張り、トタン板を集め、また木のハンマーで叩く。 80歳の年寄りが一人で屋根に上り、ロープでトタンを釣り上げ、組上げていく。 その執念には、周りもびっくりした。 ところが、ところがである。やっと組み上げた突端、10月6日に、またまた超大型台風が、島を襲ったのである。 当然、あっという間に、またトタン屋根は吹き飛ばされてしまった。 80歳の高齢だ。周りも声のかけようがない。 手助けを申し入れても、源一じいさんは、決して、頭を縦に振らない。 3度ある事は、4度ない、とまたまたトタン板を拾い集めている。 もうトタン板は、屋根の役をなさない。やめた方が良い、と言ってやりたいところだが、、じいさんは意地なのか、やり遂げる。 来年も台風は来るだろうに・・・ おばあちゃん、決して咎めるでないぞ。 きっと来年の夏休みには、孫が島へ来、おじいちゃんの肩を揉んでくれることだろう。 それにしても、80歳の年で屋根に上り、一人でトタンを引っ張りあげ組み立てていく。牛飼い魂は、見上げたものである。 誰にも真似出来ない事だ。 |
独自文化(237)
2007 / 10 / 25 ( Thu ) そのタイミングが、危険極まりない状態だが、そのために、漕ぎ手に、指示を出し、ピーゾーに指示を出す。とび降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トウージーと呼ばれる、かじ取りの重要な役目だ。また、Uターンをするとき、旗を船に取り込まなければ、失格である。かなりスピードが出てる船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。50センチでも離れれば、旗が取り込めない。そこが、トウジーの1番重要な役目だ。前回(220)で、トウージーと、トウジ(妻)の話をしたが、その辺に、つながりがあるようだ。このウーニーハーリーの方式は、ほかにはなく、日本国内ではこの黒島にしかないといる。中国のハーリーにもない、なんでこの島にしかないのだろうか?この島は、かなり古くから、他には影響されない、独自の文化があったのではないかと、推測する原点である。昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。 (写真は大野隆志氏提供)
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10月24日、気温28度
2007 / 10 / 24 ( Wed ) |
かじ取り(236)
2007 / 10 / 24 ( Wed ) ![]() ウーニーは、強いすね、の意味で、健脚、ということで、そこにも英語が相通 じる方言が、見え隠れする。 ウーニーは、村長から杯をいただき、腰くらいまでの所に待っている船に、砂 浜、浅瀬を走り、飛び乗る。 そして船をこぎ、沖合にある旗をとって、Uターンする。帰りは、船にスピー ドが付いているため、深さ胸元くらいの所で、ウーニーは飛び降り、両手で水 をかきながら、浅瀬、砂浜、そして、村長のところへ来て、手をタッチする。 早い方が、勝ちだという訳だ。 そういう意味では、ただ陸上で走りが早い。だけではない。水中をうまく、走 るテクニック、方法が重要である。 また、船には、舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹の さおを付いて、漕ぎ手と、トウージーと呼ばれる、かじ取りと連携する。 返しの場合、ウーニーが、船からとび降りる合図を、かじ取りが出す。舳先の ピーゾーと、かじ取りが、強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下 敷きになる。 |
彼岸花
2007 / 10 / 24 ( Wed ) ![]() 彼岸花 庭に咲けりし 母恋いし・・ 20年前に他界した母が植えた球根が、年毎に大輪と成っていく。 死に水さえ取れなかった不幸息子、許してくれ・・・と語りかけると風にそよぎ、うなずいているかのよう・・・ この世に誕生させてくれて、有難う・・ ひかるは最高に幸せだよ・・・ |






